Introduction

『哀れなるものたち』(23)に
つながる監督の原点がここにある。
アカデミー賞(R)外国語映画賞ノミネート、カンヌ「ある視点」部門でグランプリを受賞ランティモス作品を貫くテーマを鮮烈に宿した長編3作目にして、その名を知らしめた出世作。

2009年、巨匠ヨルゴス・ランティモス監督の軌跡はこの作品から始まった。世界中を驚愕させたヨルゴス・ランティモス監督のカンヌデビュー作が4Kレストア版として復活。本作で確立された唯一無二の奇妙で異常な描写は、ランティモス監督のその後の作品でも表出している。カンヌ国際映画祭審査員賞受賞、アカデミー賞脚本賞ノミネートの『ロブスター』(15)、カンヌ国際映画祭脚本賞受賞の『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(17)、ヴェネツィア国際映画祭審査員大賞・女優賞W受賞、アカデミー賞主演女優賞(エマ・ストーン)の『女王陛下のお気に入り』(18)、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞、アカデミー賞主演女優賞(エマ・ストーン)・美術賞・衣装デザイン賞・メイクアップ&ヘアスタイリング賞受賞を果たし、興行的にも全世界で大ヒットを記録した『哀れなるものたち』(23)、カンヌ国際映画祭男優賞受賞(ジェシー・プレモンス)の『憐みの3章』(24)に至るまで傑作揃いのフィルモグラフィーを彩ってきた。『籠の中の乙女』はその原点ともいうべき、「支配と服従、自我の目覚め」についての物語である。

家族の絆を誰にも壊されたくない父親の「妄執」と、それに振り回されて育った子どもたちの生活を描いた本作は、人間の怖さ、エゴイズム、理想の家庭とは何か?といった問いを、微細な心理描写とアーティスティックな映像による演出で描き出す。「どの家族にもそれぞれのルールがある」とするヨルゴス・ランティモス監督。その“あまりにも極端な状況”がクライマックスに向かう際の緊張とともに、観る者の心を揺さぶるだろう。

Story

支配と服従、自我の目覚め。
ギリシャのとある家。ごく普通に見えるこの家には秘密があった。両親が子どもたちを「家の中」だけで育ててきたのだ。邸宅の四方に高い塀をめぐらせ、外の世界がいかに恐ろしいかを信じ込ませるために作られた奇妙で厳格なルールの数々。塀の外には恐ろしい生物“ネコ”がいて鋭い歯で食いちぎられてしまうと、自らはさみで衣類を切り刻み、血糊を纏い説明する父親。子どもたちは恐怖におののいた表情を見せ、ネコが家に侵入してきたときに備えて、四つん這いになり犬のように吠える訓練をしている。子どもたちの遊び方も、蛇口から熱湯を出して指を入れる「我慢するゲーム」といった趣だ。彼らの生活は普通の家庭とは全く異なっていたが、純粋培養の中、子どもたちは健やかに育ち、幸せで平穏な日々を送っていた。

だが、青年期に達した子どもたちは、外の世界に興味を覚え始める。長男は塀の外に石を投げている。長男の性行為の相手として父親に連れてこられたクリスティーナを介して、妹は新しい世界に触れていく。そしていつしか親たちの想像を超えた行動を取り始める。

CAST

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父:クリストス・ステルギオグル
CHRISTOS STERGIOGLOU
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母:ミシェル・ヴァレイ
MICHELE VALLEY
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姉:アンゲリキ・パプーリァ
AGGELIKI PAPOULIA
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妹:マリア・ツォニ
MARY TSONI
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息子:クリストス・パサリス
CHRISTOS PASSALIS
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クリスティーナ:
アンナ・カレジドゥ
ANNA KALAITZIDOU
父:クリストス・ステルギオグル
CHRISTOS STERGIOGLOU
1952年2月5日、ギリシャのディディモティホ生まれ。75年にテサロニキ国立演劇学院卒業後、ニューヨークのHBスタジオで演劇を学び、アクターズ・スタジオのワークショップにも参加した。演劇界そしてまた映画界においても、ギリシャを代表する俳優である。2002年『パパにさよならできるまで』などの演技により、テサロニキ国際映画祭最優秀男優賞を受賞。さらに「False Alarm」(06)によりグリーク・ステート・アワード最優秀助演男優賞を受賞、本作ではヘレニック映画アカデミー賞で男優賞にノミネートされた。本作の翌年には「The Eternal Return of Antonis Paraskevas」(13)で自身2度目となるテサロニキ国際映画祭最優秀男優賞を受賞した。現在もギリシャ映画をメインに活躍している。
母:ミシェル・ヴァレイ
MICHELE VALLEY
スイスのベルン生まれ。チューリッヒで演技を学ぶ。その後10年間パリに住み、パリ芸術学院でアントワーヌ・ヴィテーズに学びながら実験的な劇団に参加していた。1985年以降ギリシャに拠点を移し、映画やテレビ、舞台で活躍するように。中でもN.ニコライディス、T.マルケタキ、Y.クヴァルダス、M.マルマリノスらが演出する舞台で注目される。また、複数の前衛的なポエトリー・プロジェクトにも参加し、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語での翻訳も行っている。現在もギリシャで映画をはじめショートフィルム、ミュージックビデオ、テレビシリーズなど幅広く活躍している。
姉:アンゲリキ・パプーリァ
AGGELIKI PAPOULIA
1975年、ギリシャのアテネ生まれ。2000年エンブロス演劇学校を卒業し、M.マルマリノス、L.ヴォヤジース、K.リゴス、H.クヴァルダスらの舞台に参加。劇団ブリッツの設立メンバーである。本作の演技が評価され、サラエボ映画祭で最優秀女優賞を受賞。ランティモス作品にはほかに『アルプス』(11)、『ロブスター』(15)にも出演している。その後もベルリン国際映画祭パノラマ部門に出品された「The Miracle of the Sargasso Sea」(20)でヘレニック映画アカデミー賞女優賞受賞、「Patchwork」(22)でヘレニック映画アカデミー賞女優賞受賞、ロサンゼルスギリシャ映画祭演技賞を受賞するなど、評価され続けている。
妹:マリア・ツォニ
MARY TSONI
1987年6月25日、ギリシャのアテネ生まれ。アテネ国立舞踊学園の卒業後、ロンドンの歌劇団ダンス・アティックで活躍し、2005年脱退。ギリシャに戻り、パンクバンド「Mary and the boy」のボーカルとしても活動する傍ら、M.マルマリノス、K.チウカスらの舞台に出演。映画では『ギリシャ・ゾンビ』(05)、『ヴァーサス・ゾンビ 時空を越えた生きる屍』(09)、「Motherland」(18)などに出演。本作ではアンゲリキ・パプーリァとともにサラエボ国際映画祭最優秀女優賞を受賞している。2017年5月8日(現地時間)、ギリシャ・アテネにある自宅アパートで死去しているのが発見された。享年29歳だった。
息子:クリストス・パサリス
CHRISTOS PASSALIS
1978年、ギリシャのテサロニキ生まれ。2000年に北ギリシャ国立演劇学校を卒業。彼もまたアンゲリキ・パプーリァ同様劇団ブリッツの創立メンバーであり、俳優だけではなく共同演出、脚本も担当している。その他の作品は、「Homeland)」(10)、パプーリァと共演しヘレニック映画アカデミー賞男優賞にノミネートされた「The Miracle of the Sargasso Sea」(20)などがある。監督としても活躍の幅を広げており、「Silence 6-9」(22)はカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭クリスタル・グローブコンペティション部門に出品された。また、共同監督を務めた「The City and the City」(22)はベルリン国際映画祭エンカウンターズ部門に出品されるなど評価を受けている。
クリスティーナ:
アンナ・カレジドゥ
ANNA KALAITZIDOU
2001年北ギリシャ国立演劇学校を卒業後、同劇場の上映作品に参加。ランティモス監督が演出した作品にも顔を出している。映画では、タリン・ブラックナイト映画祭に出品された「Lines」(16)、ケイト・ブランシェット製作、クリストス・ニク監督作品『林檎とポラロイド』(20)などに出演。

Staff

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監督・脚本
ヨルゴス・ランティモス
YORGOS LANTHIMOS
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脚本
エフティミス・フィリップ
EFTHIMIS FILIPPOU
監督・脚本:ヨルゴス・ランティモス
YORGOS LANTHIMOS
1973年9月23日、ギリシャのアテネ生まれ。ミュージック・クリップやCMの監督からキャリアを始め、TVドラマや演劇の演出も行うようになる。2004年アテネ・オリンピックのオープニング、クロージングセレモニーにも関わる。共同で監督した「My best Friend」(01)で長編映画の製作に乗り出す。2作目の『キネッタ』(05)を経て、監督3作目となる本作で2009年にカンヌ国際映画祭「ある視点部門」グランプリを獲得し、ギリシャ映画としては32年ぶりにアカデミー賞外国映画賞にノミネートされた。2011年には『アルプス』がヴェネツィア映画祭脚本賞を受賞。2012年にはザ・ガーディアン紙にて「この世代のギリシャの映画監督のなかで最も才能のある人物」と評された。5作目となる『ロブスター』(15)ではコリン・ファレルを主演に迎え、カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞、アカデミー賞脚本賞にノミネートされる。その後も発表する作品すべてが世界中に注目され、2024年現在ではすでに巨匠のひとりとして認知されるに至っている。2025年にはエマ・ストーンと5度目(ショートフィルム『Bleat』(22)を含む)のタッグとなる『Bugonia』が公開予定。
脚本:エフティミス・フィリップ
EFTHIMIS FILIPPOU
1977年1月18日、ギリシャのアテネ生まれ。脚本家、作家、ジャーナリスト。本作で痛烈な脚本家デビューを果たし、ヘレニック映画アカデミー賞で最優秀脚本賞を受賞。一躍世界に知られる存在となる。ランティモス作品には共同脚本クレジットで『アルプス』(11)でヴェネツィア国際映画祭脚本賞を受賞、『ロブスター』(15)で世界各国の映画祭で脚本賞を受賞しアカデミー賞脚本賞にノミネートされる。『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(17)ではカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞、次の2作品は参加せず、『憐みの3章』で再びタッグを組んだ。その他には『ストロングマン』(15)、『PITY ある不幸な男』(18)などがある。